金印とは

そもそも金印とは現在、福岡市に保存されている『漢委奴国王印』(かんのわのなのこくおういん)と卑弥呼に贈られたとの記述が残る『親魏倭王印』(しんぎわおういん)の2種類あるといわれています。『親魏倭王印』の発見も楽しみですが、このサイトで紹介する『金印』とは『漢委奴国王印』をさします。

金印(漢委奴国王印)歴史のあらまし

今から約2000年前、今の福岡県春日市にあった「奴国(なこく)王」の使節団が大陸の超大国『漢』に向かって出航しました。おそらく数隻の船団で、沈没する船や命を落とす者もいたことでしょう。そこまでしてコミュニケーションをとろうとした真意とは...?
古代人になったつもりで考えてみましょう。

弥生時代まっただ中の日本より、はるかに進んだ文明大国で時の皇帝に謁見できるまでにも様々なドラマがあったことでしょう。そして西暦57年、漢の光武帝から『金印』を授かったのです。この事は『後漢書』という中国の書物に記録されていました。
命懸けで持ち帰った金印は奴国の中心で、さぞ大切にあがめられた事でしょう。

ところが天明4年(1784)2月23日、筑前国那珂郡志賀島村(福岡県福岡市東区志賀島)南端・叶ノ浜の「叶崎」で百姓・甚兵衛が金印を発見したと伝えられています。
なぜ奴国から遠く離れたこの場所から見つかったのか?まさに歴史ミステリーです。
現在その地は金印公園として多くの観光客が立ち寄る福岡の名所のひとつです。

太宰府に保管されていた『後漢書』の写しを読んだ事がある博多の儒学者・亀井南冥により漢より贈られた『金印』と判明します。その後、福岡藩主黒田家で大切に保存され、1931年(昭和6年)12月14日、国宝に指定されました。

福岡市美術館の開設に際して1978年(昭和53年)に福岡市に寄贈され、1979年(昭和54年)から福岡市美術館、1990年(平成2年)から福岡市博物館で保管・展示されています。
是非、実物をじっくりとご覧下さい。

漢委奴国王印(かんのわのなのこくおういん)基本データ

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